炭を彫るヒョーゴコーイチの素材と構造への探究
- 2月26日
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炭焼き窯の前に並ぶ黒い塊は、一見すると燃料用の炭のように見える。しかしスミアート作家のヒョーゴコーイチにとってそれは、彫刻として再構築される素材である。

彼が用いるのは、炭化させた檜だ。
一般的に、燃料用の炭には広葉樹が使われることが多い。強度や安定性の観点から合理的だからだ。ヒョーゴは竹や備長炭など様々な素材を試した末に、あえて檜をはじめとする針葉樹に辿り着いた。炭化した針葉樹は独特の繊維構造を残し、他の炭にはない質感を生むという。

その表情は一定ではない。光の当たり方によって、表面が銀色に見えることもあれば、深い漆黒に沈むこともある。黒という単色ではなく、環境によって変化する素材だ。
制作はまず、檜を炭化させる工程から始まる。炭化は人為的な操作によって行われるが、同時に自然現象でもある。温度や空気の流れ、時間の経過によって木は変質し、内部構造も変わる。その過程で生じる割れや反りは完全には制御できない。

ヒョーゴは、その偶発的な変化を排除しない。炭化の際に発生する亀裂や歪みを前提として受け入れ、作品の構造の一部として活かす試みを重ねている。

炭化後の素材にはさらに彫刻が施される。曲線や面の構成を通じて、素材の内部構造を引き出すように形づくられることもあれば、直線的な人工的な要素を強調する場合もある。
ここに、彼の制作の特徴がある。木という自然素材を炭化という自然的変化に委ね、その後に人為的な彫刻を加える。自然素材、自然現象、そして人為が段階的に重なり合うプロセスだ。

炭は本来、消費される素材である。しかし彼の手によって、炭は持続する構造体へと転換される。燃やされることで終わるはずの物質が、逆に形を与えられ、保存される存在になる。
檜は、神社建築や伝統的な空間を支えてきた素材でもある。その檜を焼き、削り、再構築する行為は、伝統素材の再解釈とも言えるだろう。
ヒョーゴコーイチの作品は、自然と人為のどちらかを優位に置くものではない。制御と偶然、設計と変容。そのあいだを往復しながら、素材の可能性を探っている。
炭化した檜に刻まれた痕跡は、破壊の結果ではなく、変化の記録である。彼の彫刻は、素材が内包する時間と構造を浮かび上がらせる試みである。
文:藤田柊一朗 写真:藤田柊一朗・ヒョーゴコーイチ





















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